蘇我馬子邸は宮殿並み? 奈良・島庄遺跡 塀跡の大型柱穴列見つかる
18コメント
引用元:東京新聞
飛鳥時代の大豪族蘇我馬子(生年不明~626年)の邸宅とみられる建物群跡が確認された奈良県明日香村の島庄(しまのしょう)遺跡で、塀跡とみられる大型柱穴列が見つかっていたことが9日、分かった。2011、12年に村教育委員会が調査していた。
この遺跡で建物群跡のものとみられる7世紀前半の塀跡が見つかったのは初めて。調査した西光慎治主任技師は「柱穴の一辺が1m以上あり、宮殿クラスの規模といえる。立派な塀で囲われた邸宅だったのではないか」としており、天皇をしのぐ権勢を誇ったとされる馬子の邸宅規模を探る貴重な手掛かりになりそうだ(下略)6 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 00:28:51.86 ID:+DvlAMy6
馬子にも衣装の語源の人か・・・
8 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 00:46:50.83 ID:IRsf7jL2
本名まだ判らんのかな。
9 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 00:56:57.26 ID:2OdxKFO6
死後改名説をなんかで読んだんことがあるが、蔑称ってほど悪くないように思う。
どうなんだろうね。
11 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 01:33:24.94 ID:87wdDNHE
聖徳太子(とされる存在)は、やはり蘇我に近い人物か蘇我そのものだな。
(トンデモ本系をたまたま読んだ、とかいうレベルで言ってるんじゃありません)
15 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 02:17:30.30 ID:EEav0dQ9
大陸からの交易利権を背景に急速に勢力を拡大するも、王族と諸豪族の反発に遭って
破綻という構図は後の平家を連想させるな。
19 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 09:07:49.89 ID:TX1TiJ4P
大化の改新で悪役になってるけど、勝った者がご都合主義で作った歴史って可能性もあるよな。
20 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 09:14:02.37 ID:ih8RTKxY
皇別氏族の有力者なんだから、みすぼらしい屋敷に住んでる方が問題だろ。
22 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 10:29:58.99 ID:9XqA6eDa
今度は板塀本体の保存はされていなかったんだな。
23 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 10:32:37.25 ID:FgG9ZSBL
蘇我馬子と用明大王と聖徳太子は、同一人物だろうが。
蘇我稲目と欽明大王は同一人物だろ。いい加減気付けよ!
25 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 11:02:33.24 ID:lr41gXfa
その威徳を偲んで各地に残るのが馬子唄だな。
26 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 11:37:54.49 ID:hUkl8Dsj
馬子さんが天皇だったとかのトンデモが楽しそうだな(´ω`)
28 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 12:54:18.44 ID:6pD9QDqL
蘇我とか物部の子孫っているの?
30 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 13:23:17.01 ID:Mw2ny+Po
飛鳥三大変な名前
小野妹子
蘇我馬子
蘇我イルカ
31 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 13:43:26.45 ID:ASzxpYdu
蘇我は末裔はいても有力な家系で、ずっと家を守ってきたみたいな人は知らないが
物部は末裔は多いし、物部末裔の金子家はずっと物部神社の神職をしていて戦前は男爵家だったりしてる。
源平藤橘とかと一緒で、そのまま源さんが源氏の末裔というわけでもないから。
32 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 13:56:49.49 ID:g7igYQrt
この時期から女は強い。
34 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 14:19:57.64 ID:2np+SpXm
うまこ(蘇我馬子)=いもこ(小野妹子)
聖徳太子はこの2人の合成じゃまいか。
35 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 16:00:35.04 ID:9VyqjdYC
蘇我高麗って祖先がいる時点で朝鮮系だよ
40 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 17:10:40.53 ID:C6iwNweT
臣下に殺された天皇は崇峻天皇だけだよね?
飛鳥時代は戦国時代みたいに過酷なイメージだ。
43 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 17:25:30.31 ID:87wdDNHE
わざわざ法隆寺なんていう「テクノロジー施設」で祭るっつうか「管理」し続けた理由・・・
47 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 17:37:08.98 ID:M515L6kH
大化の改新で焚書なんぞされてるし、有力者どころじゃなかったのだろう。
皇家だったのかもな。
54 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 21:04:11.26 ID:y+pP+gDE
厩戸皇子=馬子説はどうなった。
56 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 21:36:09.09 ID:qeNtLwT0
天皇記とか出てこねーかな。
57 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 21:36:40.59 ID:dMAHY2+l
蘇我馬子って日本の曹操でしょ?
59 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 21:48:19.34 ID:87wdDNHE
悪辣藤原に記録は消されてるからこそ法隆寺に丁寧に閉じ込められているわけで。
62 :名無しのひみつ:2013/02/12(火) 03:39:40.18 ID:dRlyhF0a
しかし馬子とか、その辺のキラキラネームの比じゃないな。
65 :名無しのひみつ:2013/02/12(火) 10:18:02.31 ID:GS2Smeto
全般的に教養が無いと、>>62のようにいろいろと的外れな発言で醜態を晒すが、
本人は恥ずかしいことに気づかず一生を終えられるから、わざわざ指摘する人は少ない。
飛鳥時代の大豪族蘇我馬子(生年不明~626年)の邸宅とみられる建物群跡が確認された奈良県明日香村の島庄(しまのしょう)遺跡で、塀跡とみられる大型柱穴列が見つかっていたことが9日、分かった。2011、12年に村教育委員会が調査していた。
この遺跡で建物群跡のものとみられる7世紀前半の塀跡が見つかったのは初めて。調査した西光慎治主任技師は「柱穴の一辺が1m以上あり、宮殿クラスの規模といえる。立派な塀で囲われた邸宅だったのではないか」としており、天皇をしのぐ権勢を誇ったとされる馬子の邸宅規模を探る貴重な手掛かりになりそうだ(下略)6 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 00:28:51.86 ID:+DvlAMy6
馬子にも衣装の語源の人か・・・
8 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 00:46:50.83 ID:IRsf7jL2
本名まだ判らんのかな。
9 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 00:56:57.26 ID:2OdxKFO6
死後改名説をなんかで読んだんことがあるが、蔑称ってほど悪くないように思う。
どうなんだろうね。
10 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 01:27:18.97 ID:HLY1Eaof
>>9
蝦夷より全然いい名前だろ。
38 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 16:52:42.05 ID:w8fQl7Oq
>>9
当時の馬のイメージだよね。
仏教伝来直後の。
11 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 01:33:24.94 ID:87wdDNHE
聖徳太子(とされる存在)は、やはり蘇我に近い人物か蘇我そのものだな。
(トンデモ本系をたまたま読んだ、とかいうレベルで言ってるんじゃありません)
17 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 07:50:36.20 ID:scIK33A9
>>11
厩戸皇子が蘇我馬子と遠い、って話あったっけ?
18 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 08:56:26.35 ID:87wdDNHE
>>17
さりとて(非常に)近いとも一般的にはいわれない。
27 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 11:38:18.64 ID:xJqgIFLF
>>18
母親と嫁が蘇我氏なのに?
86 :名無しのひみつ:2013/02/13(水) 00:15:42.58 ID:2gbYGAEj
>>18
おじいちゃんの兄か弟なんだから 一般的には親戚だろ。
飛鳥 奈良 平安は親戚同士でのお家騒動しか出て来ないから、感覚がおかしいけど。
33 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 14:12:32.62 ID:87wdDNHE
>>27
そう。
普通に見れば蘇我ウマコ&イルカ≒聖徳太子(だいたいからしてわざわざ厩)。
しかし聖徳太子が反天智系というのは、後世の都合でタブー化された。
41 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 17:10:58.84 ID:Z5s0qu79
>>11
同意
小野妹子も臭いな
としたらその3人全部同一人物ということに。
51 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 18:47:21.81 ID:8wid1gj6
>>41
蘇我馬子(umako)の息子は蘇我蝦夷(エミシ)
小野妹子(imoko)の息子は小野毛人(エミシ)
小野妹子の隋での漢字表記は「蘇因高」
15 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 02:17:30.30 ID:EEav0dQ9
大陸からの交易利権を背景に急速に勢力を拡大するも、王族と諸豪族の反発に遭って
破綻という構図は後の平家を連想させるな。
19 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 09:07:49.89 ID:TX1TiJ4P
大化の改新で悪役になってるけど、勝った者がご都合主義で作った歴史って可能性もあるよな。
20 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 09:14:02.37 ID:ih8RTKxY
皇別氏族の有力者なんだから、みすぼらしい屋敷に住んでる方が問題だろ。
22 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 10:29:58.99 ID:9XqA6eDa
今度は板塀本体の保存はされていなかったんだな。
23 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 10:32:37.25 ID:FgG9ZSBL
蘇我馬子と用明大王と聖徳太子は、同一人物だろうが。
蘇我稲目と欽明大王は同一人物だろ。いい加減気付けよ!
25 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 11:02:33.24 ID:lr41gXfa
その威徳を偲んで各地に残るのが馬子唄だな。
26 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 11:37:54.49 ID:hUkl8Dsj
馬子さんが天皇だったとかのトンデモが楽しそうだな(´ω`)
28 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 12:54:18.44 ID:6pD9QDqL
蘇我とか物部の子孫っているの?
53 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 20:53:51.12 ID:w8fQl7Oq
>>28
物部の子孫は静岡県の長野よりの山の斜面に守屋家の広い墓地があって、そこの管理人がたぶん。
30 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 13:23:17.01 ID:Mw2ny+Po
飛鳥三大変な名前
小野妹子
蘇我馬子
蘇我イルカ
31 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 13:43:26.45 ID:ASzxpYdu
蘇我は末裔はいても有力な家系で、ずっと家を守ってきたみたいな人は知らないが
物部は末裔は多いし、物部末裔の金子家はずっと物部神社の神職をしていて戦前は男爵家だったりしてる。
源平藤橘とかと一緒で、そのまま源さんが源氏の末裔というわけでもないから。
68 :名無しのひみつ:2013/02/12(火) 13:33:06.64 ID:1WNgK3MF
>>31
石川氏・・・
と思って調べたら、こんなのあった。
日本の苗字七千
32 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 13:56:49.49 ID:g7igYQrt
この時期から女は強い。
34 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 14:19:57.64 ID:2np+SpXm
うまこ(蘇我馬子)=いもこ(小野妹子)
聖徳太子はこの2人の合成じゃまいか。
35 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 16:00:35.04 ID:9VyqjdYC
蘇我高麗って祖先がいる時点で朝鮮系だよ
36 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 16:40:08.28 ID:DMItQE74
>35
政治意図から祖先を嘘で関連付けるケースは多い。
48 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 17:44:22.36 ID:Ji5Vuwa6
>>36
仮冒のケースね。
日本書紀では蘇我満智の妻が韓(カラ・カヤ)出身で息子が蘇我韓子、孫が蘇我高麗。
日本書紀曰く、蘇我韓子は新羅征伐を行っているので遠征にちなんだ名前という可能性もなくはない。
63 :名無しのひみつ:2013/02/12(火) 08:58:45.72 ID:RJ+lEPxo
>>48
古代ローマのゲルマニクス、ブリタニクスみたいな感じか。
37 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 16:43:35.62 ID:V3PFBxJC
>>35
マジレスするけどその時には「朝鮮」なんて言葉無かったんじゃないかな。
45 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 17:31:58.05 ID:PQbxyPei
>>37
「史記」に朝鮮列伝があるだろうが。
「史記」編纂(紀元前91年)
60 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 22:06:27.19 ID:xSxcvOuN
>>45
史記の朝鮮って、今の半島のどの辺りを指してるんだ?
40 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 17:10:40.53 ID:C6iwNweT
臣下に殺された天皇は崇峻天皇だけだよね?
飛鳥時代は戦国時代みたいに過酷なイメージだ。
46 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 17:32:40.67 ID:PQbxyPei
>>40
戦国時代の天皇はお金がなかっただけで・・・
43 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 17:25:30.31 ID:87wdDNHE
わざわざ法隆寺なんていう「テクノロジー施設」で祭るっつうか「管理」し続けた理由・・・
47 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 17:37:08.98 ID:M515L6kH
大化の改新で焚書なんぞされてるし、有力者どころじゃなかったのだろう。
皇家だったのかもな。
54 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 21:04:11.26 ID:y+pP+gDE
厩戸皇子=馬子説はどうなった。
56 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 21:36:09.09 ID:qeNtLwT0
天皇記とか出てこねーかな。
58 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 21:39:39.23 ID:2np+SpXm
>>56
だよなあ・・・
そこが一番の楽しみ。
つうか、皇記と一緒に死んだのって蝦夷だったか?
いずれにせよ「記録」が出て欲しい、柱とかどうでもいいわw
57 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 21:36:40.59 ID:dMAHY2+l
蘇我馬子って日本の曹操でしょ?
90 :名無しのひみつ:2013/02/13(水) 00:22:12.75 ID:2gbYGAEj
>>57
蘇我馬子=董卓
死後に捏造歴史を流布された点も含めて
天智天皇=曹操
59 :名無しのひみつ:2013/02/11(月) 21:48:19.34 ID:87wdDNHE
悪辣藤原に記録は消されてるからこそ法隆寺に丁寧に閉じ込められているわけで。
62 :名無しのひみつ:2013/02/12(火) 03:39:40.18 ID:dRlyhF0a
しかし馬子とか、その辺のキラキラネームの比じゃないな。
65 :名無しのひみつ:2013/02/12(火) 10:18:02.31 ID:GS2Smeto
全般的に教養が無いと、>>62のようにいろいろと的外れな発言で醜態を晒すが、
本人は恥ずかしいことに気づかず一生を終えられるから、わざわざ指摘する人は少ない。
66 :名無しのひみつ:2013/02/12(火) 11:42:48.23 ID:RACC95rs
>>65
自分のキラキラネームを馬子という歴史上の人物持ち出して、正当化したいだけなんでしょ。
ほっといてやれよ。



この記事へのコメント
小野イモ子
ただ、蘇我本宗家=皇族、とは思えない。
橘奈良麻呂のように、元を辿れば皇族でも乱を起こしたことを明記されてる人物もいるし、当時は完全な年功序列ではないので、中大兄皇子にとってはそれこそ天皇その人でない限り誰を手打ちにしようと同格以下でしかなく隠す理由がない。
そして蝦夷もしくは入鹿が仮に皇位にあるもしくはそれに準ずる立場だったとして、なぜ後の石川氏や赤兄、倉山田石川麻呂はそれを告発しなかったのか?
都合よく記録が全部燃えてしまいましたなんて焚書以外ありえないわ。
このあたりの時代って調べれば調べるほど日本書紀と実際に各地に微かに残る伝承や遺物と矛盾が出てくるってよく話題になるね。
ヒコやオがあったからそっちが使われて、さらに郎の勢いで廃れたのかね
両家の子女の名前の末尾に子をつけるのは大陸由来だったとは思うが、女子に限ってメやヒメではなく子が残ってきたのを思うと、昨今のキラキラネームは日本語の古い在り方に先祖帰りしたようなもんでもあるのかね
若者言葉が方言由来だったりするのに近いのかもしれん
珍妙な名前が頻出する飛鳥時代は何気に人気がある
写しがどっかに有りそうな気もするんだがなぁ・・・。
ま、写しを制作しようとした矢先に乙巳の変(大化の改新)が起きたのかも知れんが。
規模とかもっと詳しく知りたい
貴重なデータが一杯取れたよな。
ツングースカのアレの傍証にもなろうて。
被害に遭われた方々の快復をお祈り致します。
前者の多くは国の滅亡寸前で、安定期を維持した後者はいかに優れた統治者だったとしても歴史上の大事件が起きないから名を残さない。
さりとて豪華な宮殿や持ち物は、搾取した暴君として批判するのか、公共事業として職を提供し技術力を高めた成果を評価するかによって違ってくるから一概に言えない。
生物学的に見て、政治への興味関心はボス猿の権力争いと同じ本能から来るのだとすると、政治の歴史を知りたいという知的レベルはチンピラのけんかと変わらない。
>>11については既知の情報を知ったかぶりしようとして意味不明な文章になってる
そもそも虚構だろうが史料上聖徳太子は蘇我氏の血縁者だし天皇家も蘇我氏の血縁者なのは揺るがない
蘇我氏と無関係な聖徳太子という発想はこいつの主張以外存在しないのに何の前提情報から「やはり~」のレスが出てくるのか?
天智天皇に都合のいい~っていう人も多いが『日本書紀』が成立したのは天智天皇の息子を滅ぼした天武天皇だ
つまり天武天皇が川島皇子以下12人に対して、「帝紀」と「上古の諸事」の編纂を命じた事で成立した歴史書で
『国記』・『天皇記』は蘇我氏の近親者である聖徳太子が編纂したものだから
それが事実でも虚構でも、さらに天智天皇に都合がよくても天智天皇は歴史書の編纂に携わってないので問題にならない
まあ蔑称説についてはそれなりの学説だから悪くはないが批判も存在する事は知っておいて損はない
まるで自分が歴史の真実を知っているかのごとく書く奴で溢れかえるなw
今の某国とはあまり関係ない話、無かったことにされようとしてる民族の話。
でもアジアの相互歴史に関わるかも知れん遺跡や資料が消されるかと思うとちょっとな…。